札幌地方裁判所 昭和43年(ワ)786号 判決 1970年2月24日
原告 井上芳子
右法定代理人親権者父 井上恒正
同母 井上澄
右訴訟代理人弁護士 丸岡敏
被告 朝日工業株式会社
右代表者代表取締役 大川弘臣
右訴訟代理人弁護士 中山信一郎
右訴訟復代理人弁護士 猪股貞雄
主文
被告は原告に対し金九五六、六四一円およびこれに対する昭和四二年八月二八日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。
この判決は第一項に限り仮に執行することができる。
事実
原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し金一、八九五、七一八円およびこれに対する昭和四二年八月二八日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決および仮執行の宣言を求め(た。)≪以下事実省略≫
理由
一 本件事故の発生
被告が本件工事現場で菊水交差点改良および防護柵新設などの工事をし、原告主張の如き穴を掘削したこと、原告が右穴に転落したことは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によると、原告は、右転落により入院約八ヶ月および通院約六ヶ月を要した頭部打撲、環椎骨折、第四、五頸椎辷り症の傷害を負ったことが認められる。
二 中勝利の過失と被告の責任
≪証拠省略≫を総合すると、被告は北海道開発局札幌開発建設部から東(白石町方面)西(札幌方面)に通ずる国道一二号線の菊水交差点改良および防護柵新設工事を請負い、昭和四二年八月五日ころから着工したが、右工事の施行にあたっては被告の被用者であった中勝利(同人が被告の被用者であることは当事者間に争いがない。)が現場代理人という名で工事現場の責任者として労務管理や保安対策を行っていた。同人は、右工事の一環として人夫を指揮して、同月二六日午後九時ころから同月二七日午前一一時ころまでの間に本件工事現場の南前側歩道上に前記の穴(車道に平行に長さ約二〇メートル、巾約〇・四メートルから一・九メートル、深さ約一メートル)を車道との間に歩道の縁石のみを残して車道に平行して掘削し、引続き右穴に砂利を敷き入れる予定でいたところ、砂利運搬が間に合わなかったため当日の工事を中断した。その際、同人は、穴のほぼ両端の位置にあたる車道上に一ヶ所ずつ長さ約二メートル、高さ約七〇センチメートルの防護柵を歩道に平行に設置するとともに、東側の柵の端近くに直径約一〇センチメートル、高さ約一メートルの点滅灯(マーカーライト)を備えつけたが(なお車道を挾んで向い側の歩道上でも同様の工事を行っていたので、防護柵をほぼ同じ位置、間隔で二ヶ所設置し、点滅灯は西側に備え付けた。)、点滅灯の電球を締め忘れたまま現場を引揚げたため同日の夜間になっても右点滅灯は点灯せず、その効果を生じなかった。しかして防護柵の置かれた穴の東側から数メートル東方には横断歩道があり、原告は、本件工事現場に近い自宅を出た後、現場の反対側歩道から右横断歩道を渡って一旦現場側の歩道に上った後再び車道に降りてタクシーを呼び止めたところ、右タクシーは約二〇メートル前方(西方)に停車したので、これに近付くため一〇メートル近く車道上を歩行した後、穴の存在に全く気付かないまま歩道に上るべく縁石に足を乗せたとたん足をすべらせて穴の中に転落するに至った。以上の事実が認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。右事実によれば、穴の規模は危険が予想されるものであり、しかも≪証拠省略≫によると、本件工事現場附近は商店街であるが、交通量は午後九時前後ころから減少し、また、近くの街路灯が本件工事のため取除かれていた(次に近い街路灯は現場から約二五メートル離れていた。)うえ、穴の位置が歩道橋の下にかかっていたため薄暗く、夜間になると現場の模様に気付き難い状況にあったことが認められるから、工事現場の責任者である中勝利は、夜間点滅灯を確実に点灯させて歩行者に穴の存在を知らしめるなどの措置を講じて現場の危険を防止すべき注意義務が課せられていたとみるべきところ、前記のとおりこれを怠ったため本件事故を発生させる結果となったものであり、結局本件事故は同人の過失に基因するものと認めざるを得ない。従って、被告は、同人の使用者として同人が被告の事業である本件工事を遂行中に過失により原告に与えた後記損害を賠償すべき責任があるといわなければならない。
三 財産的損害
1 逸失利益
≪証拠省略≫によると、原告は、本件事故当時高等学校一年に在学する女生徒であり、本件事故による前記受傷さえなければ、昭和四五年三月三一日に卒業し、直ちに就職することが予定されていたこと、しかるに右受傷により、前記のとおり入院約八ヶ月、通院約六ヶ月の治療期間を要したため留年を余儀なくされ、卒業時が一年遅れる結果になったことが認められるところ、労働省労働統計調査部発表の「賃金構造基本統計調査」によれば、昭和四一年度における満一八才から一九才の女子の平均年間給与額が金二三一、七〇〇円であることは当裁判所に明らかであるので、原告は、本件事故がなかったならば卒業一年後の昭和四六年三月三一日までに右金額の収入を得ることができたものと認められる。そして、その喪失した得べかりし利益の事故当時の現価は、右金額から民法所定の年五分の割合による本件事故の日より昭和四六年三月三一日まで三年八月間の中間利息を控除した金一九五、八〇二円である。
2 過失相殺
被告は、過失相殺の主張をするのでこの点について考察するに、前記のように、穴の東端附近には車道上に防護柵が置かれており、しかもその位置は原告が穴に転落する直前に渡ってきた横断歩道の数メートル西側附近にあたるから、原告は、呼止めたタクシーに近付くためその柵のすぐ横を通って車道上を進行してきたことになるうえ、≪証拠省略≫によると、穴の歩道側にはゼブラ式の板塀が穴に沿って数個設置されていたほか、掘返された土や建設資材が置かれていたことが認められ、かつ前記のように現場附近は商店街で全くの暗闇とは異り照明度が十分でないとはいえ現場から約二五メートルの地点に街路灯が点灯していたのであるから、附近の住民である原告がもし歩行者として当然要求される通常程度の注意をもって前方や足元に気を配って歩行してさえいれば、右の防護柵、板塀などの異常な存在を認識し、穴の状態にも気付いたものと推測することができる。一方、原告本人尋問の結果によると、原告は、来客の帰宅用のタクシーを呼止めるべく、はじめ自宅に近い本件事故現場と反対側の歩道上で空車を待ったが容易に拾うことができなかったので、前記のように横断歩道を渡って現場側の歩道に来た後、空車を一台見付けて合図したにもかかわらず通過され、漸くにして前記のように空車を呼止め、これに近付こうとして前記のように穴に転落したものと認めることができ、この事実によれば、本件事故当時原告としてはタクシーを呼止めることに気を奪われ前記のような歩行上必要な注意を怠っていたものと認めるのが相当である。そして原告のこのような過失も本件事故発生の一因となったものと認めることができるから、原告の前記財産的損害についてその二割を過失相殺により減ずるのが相当である。これによれば、原告の請求し得べき損害額は金一五六、六四一円となる。
四 慰藉料
≪証拠省略≫によると、原告は入院中の約二ヶ月ギブスやコルセットで胸から首にかけて固定しなければならなかったこと、治療期間中は目や頭の痛みや左手のしびれを覚えたこと、その後も首すじから肩にかけて不快な痛みが残っていることが認められる。次に≪証拠省略≫によると、被告は、事故直後原告を見舞った後入院費、その他雑費の大部分を支払ったことが認められる。その他前記認定の原告の受傷程度、治療期間、原告が留年したこと、原告と被告の過失態様など諸般の事情を斟酌すると、原告が本件事故により受けたと推認される精神的肉体的苦痛に対してこれを償うべき金額は金八〇〇、〇〇〇円をもって相当と考えられる。
五 以上のとおりであるから、被告は、原告に対し前記三および四の損害額合計金九五六、六四一円およびこれに対する昭和四二年八月二八日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。
よって、原告の本訴請求は、右の限度で正当であるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 松野嘉貞 裁判官 鈴木康之 岩垂正起)